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【イザベラ・バード】会津がでてくる文学紹介

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『日本奥地紀行』高梨健吉訳 平凡社

イザベラ・バードという女性をご存知でしょうか?
イザベラ・バードは19世紀に活躍したイギリス出身の探検家です。

イザベラ・バードとは?

北米をはじめ、モロッコやチベット、中国や朝鮮半島などを旅し、優れた紀行文を多く残しました。
彼女の旅の凄いとろこは、各国の都市をまわるだけでなく、当時の欧米人には秘境とも思われていたような奥地まで回ったことです。
しかも、決して大金持ちの大所帯の旅などではなく、現地で出会った従者を雇うだけの、外国人女性によるほぼ単身の旅行スタイルでした。

日本奥地紀行とは?

そんなイザベラ・バードは日本も旅しています。
1878(明治11年)年の5月に横浜港から入港、1872年に敷設された日本最初の鉄道を利用し、横浜から新橋へ。
そこで出会った伊藤という18歳の通訳兼従者をつけ、彼女の壮大な旅が始まります。
なんと、東京から始まり、日光・会津を経由したのち、新潟から東北をぬけ、最後は北海道まで旅しているのです!
当時の日本の民族や街道からの景色を細かく描写し、その旅は『日本奥地紀行』としてまとめられています。特に北海道ではアイヌの生活をよく記述し、日本のアイヌ研究が本格化する前の西洋人の記録として今でも大変高く評価されています。

そんなイザベラ、会津へは日光から当時の西会津街道、現在でいうと鬼怒川線~会津線が走っている付近を行路として選びます。現在も山あいの続く難路ですが、沿道の生活や景色を書き残しながら宿場町を旅していきます。

会津では、現在の南会津町田島から、今も人気の大内宿を経由し、会津美里町・会津坂下町と進み、新潟に抜けていきます。

残念なが東山温泉や会津若松の城下は通っておりませんが、当時の会津の街道沿いの民俗や光景をよく描写しております。

今や会津山塊の高峰に近づいており、2つの峰を持つ磐梯山、険しくそそり立つ糸谷山、西南にそびえる明神岳の壮大な山塊が、広大な雪原と雪の積もっている峡谷をもつ姿を、一望のうちに見せている。これらの峰は、岩石を露出させているものもあり、その白雪を輝かせているものもあり、緑山に覆われている低い低い山々の上に立って、美しい青色の空の中にそびえている。これこそ私が考えるところでは、普通の日本の自然風景の中にかけている個性味を力強く出しているものであった。-『日本奥地紀行』p173 高梨健吉訳 平凡社-

糸谷山は飯豊山のことと推測されています。磐梯山は言わずと知れた会津の名峰、当時は明治の噴火前なので、峰が2つあります(峰が大磐梯と小磐梯と2つあり、小磐梯が噴火しました)。明神岳は会津美里町にあります。
会津の山並みの美しさを簡潔に描写しており、紀行文としてのレベルの高さが伺えるかと思います。

何が凄いのか?

さて、イザベラ・バードの『日本奥地紀行』、現在でもたくさんの書籍の中で引用されています。
彼女の紀行文の凄さは、その歴史や自然、民俗の博識からくる描写表現の豊かさだけでなく、当時の西欧人としてはかなりリベラルな視点で日本の各地を見ていることにあります。
西洋とは違う当時の風習や民俗を野蛮や汚いなど、そんな言葉で片付けず、強い好奇心と愛情をもって接しているように感じられるのです。
明治維新直後、江戸時代から明治時代へと文化や経済が大きく変容していく最中の日本を記録した『日本奥地紀行』、ぜひ一度ご一読頂きたいです。
会津がでてくるのは下記のページです。
p164~p177(『日本奥地紀行』高梨健吉訳 平凡社)

会津東山温泉 くつろぎ宿 千代滝・新滝

東山温泉郷を一望できる、高台に位置する千代滝HP
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